大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和37年(う)2793号 判決

被告人 藤沢貞之

主文

本件控訴を棄却する。

理由

論旨第一点について

所論はまず被告人の検察官に対する供述調書の任意性を争うのであるが、右供述調書はその形式、内容を検討し関係証拠と対照すれば被告人の任意の供述を録取したものと認めるのが相当である。

次に所論は、被告人が原判決判示警察官大丸勝世に対し判示のような脅迫及び暴行を加えたことを争い、原判決の事実誤認を主張するのである。しかしながら被告人が右大丸に対し判示のような脅迫及び暴行を加えたことは、原判決の挙示する証拠によつて優に肯認することができる。所論は大丸の原審における証言は信憑力がなく被告人及び被告人と同行していた土田博美の供述は信用できる旨縷述するのであるが、大丸は被害者であつてその証言については慎重に検討する必要があるのは当然であるとしても、同人の原審における二回にわたる証言中判示事実に符合する部分は、その内容自体並びに同人の原審における証言及び原審第三回公判期日における斎藤弘の証言に照らし十分措信し得るものと認められるのであつて、これに反する被告人及び土田の供述は、記録上推認し得る当時被告人は七、八本近く、土田は二本位のビールを飲んで酒屋から出てきたばかりであつて両名とも酔つていたことでもあり右各証拠に照らし俄かに信用することはできない。そのほか所論にかんがみ記録を精査し当審における事実取調の結果に徴しても、原判決に所論のような事実誤認の廉あることは発見できない。

論旨第二点について

所論はまず、被告人は「ポリ公待て」「何だこの野郎」という程度の暴言を吐いたに過ぎず、当時の経緯及び相手方が警察官であることにかんがみれば、通常の放任行為として刑法的評価に値いしないものというべきであるから、これをとらえて脅迫罪に問擬した原判決には法令の解釈適用を誤つた違法があるというのであるが、原判決は被告人が前記大丸に対し「ポリ公待て、俺は空手三段だ、一発で殺してやる」と怒号しつつ空手の構を示し、以て同人の生命身体に如何なる危害を加えるかも知れない態度を示したとの事実を認定し、これを以て脅迫に当るとしているのであつて、原判決の右事実の認定が肯認し得ることは前記のとおりであり、右のような被告人の言動は人をして畏怖せしめるに足る害悪の告知と認めるのが相当であるから、これを脅迫罪に問擬した原判決に法令の解釈適用の誤はない。

次の所論は、被告人は前記大丸に対し空手らしい構をとつた程度であるからこれを以て暴行とすることはできず、仮に被告人が大丸の襟首を掴み拳を突き出した事実があつたとしても、被告人に加害についての真意はなく単なるおどかしか示威行為に過ぎないから、これを以て暴行に当るとした原判決には法令の解釈適用を誤つた違法があるというのであるが、被告人が大丸の顔面に突きかかり前襟を掴んだとの原判決判示事実の肯認し得ることは前記のとおりであり、この所為が人の身体に対する不法な攻撃であつて暴行に当ることはいうまでもなく、被告人に暴行の意思があつたことは原判決挙示の証拠によつて認め得るところであるから、原判決がこれを暴行罪に問擬したのは相当であつてその法令の解釈適用に誤は存しない。

さらに所論は、仮に原判決の認定するような脅迫及び暴行の事実が認められるとしても、脅迫は暴行に至る過程において一手段として行われたに過ぎず、両者が別個の法益を侵害したと認め得る事実は存在しないのであるから、脅迫は暴行に包摂され暴行罪によつて評価を受けているものと考うべきであるから、原判決がこれを脅迫罪と暴行罪との併合罪として処断したのは法律の適用を誤つたものであるというのであるが、本件における脅迫及び暴行の各行為の内容は前記のとおりであり、これによれば被告人は生命に危害を加える趣旨を含む害悪の告知をなした後現実には殺意によらない単純な暴行を加えたものであつて、右の告知した害悪と現実に加えた害悪とは全く異るのであるから、このような場合は前者の行為が後者の行為に吸収されることなく両者は別個独立の行為と解するのが相当であり(最高裁判所第三小法廷昭和三十年十一月一日判決参照)、これらを併合罪として処断した原判決に法令適用の誤は存しない。

よつて各論旨はいずれも理由がないから、刑事訴訟法第三百九十六条により本件控訴を棄却し、当審における訴訟費用は同法第百八十一条第一項但書に従い被告人に負担させないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判官 長谷川成二 関重夫 小林信次)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例